知的財産との出会いは小学生。仕事で再会。ブログを始めてこれは必須

公開日:   最終更新日:2018/01/10

私が知的財産と初めて出会ったのは、小学生の時、もう40年以上前の話です。
どういうシステムだったかも忘れましたが、当時は夏休みの宿題で工作をし、その中のいくつかが市の「発明くふう展」に出品されました。
私はその常連で、入選したこともありました。
そんな私ですから、何かの機会に買ってもらった「発明の本(タイトルは忘れました・・・)」を繰り返し繰り返し読んでいました。
有名な「消しゴム付き鉛筆」を考え出した青年が億万長者になった話などに、私は夢中になりました。
同じころ、エジソンの伝記も何度も何度も読みました。

しかし中学生、高校生と成長するに従い、世の中そんなに甘いものではないとことがわかり、次第に発明家の夢を見なくなりました。

大学生になり弁理士を目指した私。その門の狭さにあっさりあきらめ普通に就職。もう知的財産には関わることはないと思っていました・・・

大学生になり社会が目の前に迫ってくるころ、私は昔から知っていた「弁理士」にあこがれました。
弁理士試験のための「基本書」と呼ばれるものを買い、当時は大学の一般教養過程修了という受験資格を得た私は、冷やかし半分で試験を受けたりもしました。
しかし当時の弁理士という職業は、今とは比べ物にならないくらいのマイナー資格。
テレビのクイズ番組で「特許を扱う専門家は?」という問題に、解答者の誰も答えられなかったことが悲しかったです。
それでいながら、「理系ホワイトカラー資格の最高峰」といわれる難しさ。
合格者の出身大学は、東大京大に早稲田慶応、当時の司法試験で有名な中央大学などが並び、私ごときが挑戦するのもおこがましい資格なのが分かり、いつしかその情熱を失っていきました。

卒業後、ふつうの中小企業に就職した私は、知的財産とは無縁の人生を歩むものと思っていました。

知的財産は向こうからやってきた。知的財産にちょっと詳しい会社員として、たまに相談されれば専門家につなぐ

製造業でもなんでもない、ふつうの会社には知財部なんてありません。
特許や著作権に関する知識のある社員なんて、まずいません。
きっかけは忘れてしまいましたが、確か登録商標を知らずに使っていて警告を受けて戸惑う同僚に助言したのが始まりだったと思います。

それから私は、「知的財産にちょっと詳しいやつ」として相談事が持ち込まれるようになりました。

・これ、特許か何か取れないだろうか
・得意先からこの名前、他社の登録商標じゃないよねって言われたけど
・このイラスト、勝手に使ったらしくてクレームが来た


その都度、私が窓口になり特許事務所や弁護士に繋ぎます。
数年に一度、臨時知財担当の出番がやってきます。

知的財産が大きくなってきた?ここ10年くらい急に知財の相談が増えてきた

数年に一度が1年に数回になり、気がついたら常にひとつは進行案件を抱えるようになっていました。
もちろん「つなぎ役」だけですので、本来の業務に支障は出ていませんが、今では月に1~2件は新規案件が持ち込まれます。

「常勤知財担当」を兼務するようになってしまいました。

知的財産が身近になってきた。ブログを始めてこれはまずい、知らないではすまされない

そんな私は、今年に入ってブログを始めました。
このブログの世界、著作権やコンテンツ保護の分野において、グレーな部分がたくさんあります。

これいいの?と思うようなブログもたくさんあります。
私は、危ない橋は渡りたくありません。

遠い昔、会社組織のものだけだと思っていた知的財産ですが、もう個人の所まで来ています。


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